− 枕詞 −
Contents
◆ 意味がある?ない?枕詞/KAWAGUCHI Yuko
◆ 「枕詞」/HIRAI Yuta
◆ さばえなす あらぶるうきよ うつるたみ いくとせかわらぬ ひとをうれいし/MIYAKITA Hiromi
◆ 枕詞今昔/MORI Atsumi
意味がある?ない?枕詞
枕詞(まくらことば)とは、「主として和歌に見られる修辞で、特定の語の前に置いて語調を整えたり、ある種の情緒を添える言葉のこと(Wikipediaより)」である。それ自体には意味がないとされており、歌に情緒をあたえるためのもの、だそうだ。
有名なところでいうと、「ひさかたの」「ちはやぶる」「たらちねの」があり、それぞれ、「ひさかたの」は「天・空・光」等、「ちはやぶる」は「神・宇治」、「たらちねの」は「母」にかかる。
数ある枕詞を使った和歌の中で、特に私のお気に入りは、百人一首33番、紀友則の歌『ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ』だ。意味もさることながら、やはり響きがいい。耳触りがよく、「ひさかたの光」という読後感がたまらない。
現代は、「ビジネス枕詞」というのがあるそうだ。調べてみるとなるほど、それは、「お手数ですが」とか「恐縮ですが」とか「おかげさまで」とか、コミュニケーションを円滑にするためのいわゆる「クッション言葉」のことだった。こちらは、「それ自体には意味がない」とは真逆のもので、人間関係を穏やかにするにはマストの表現のように感じる。日本人にとって、なくてはならないもの。誰が命名したかは分からないが、(クッションからきたのか?)「ビジネス枕詞」とはよく言ったものだ。
ただ、思ったことがある。「枕詞それ自体には意味がない」と言われているが、「意味はある」と解釈しているサイトもある。昔のことで本当のことは分からないが、「こうだったらいいな」という理想が入っているかもしれない。私もこの意見に賛成で、枕詞は意味のない言葉ではなく、結果的に、「現在の私たちにとっては意味がないもの」になってしまったんだと思う。当時は、ちゃんと意味があったのではないか。
言葉は、時代とともに変化する。消える言葉もあれば、「新語」として定着していくものもある。そう考えると、「ビジネス枕詞」も、将来的には「意味のないもの」になっているかもしれない。現代をスマートに生き抜くため「今」は不可欠かもしれないが、確かに、「お手数ですが」とか「恐縮ですが」とか、意味を伝える上では省いてしまってなんら問題はない。少しユーモラスな想像をすると、今から1300年後、「ビジネス枕詞という意味のない言葉がありました」と教科書で習う時代がくるかもしれない。
そう考えると、言葉は、いまを生きている私たちにとって必要なコミュニケーションツールなんだな、ということを痛感する。言葉と向き合うことは、時代と向き合うということ。常に変化し続ける存在でなのである。
と、いろいろ反芻したが、結局、歌に関しては特に「読後感」が大事であるように思う。私が「ひさかたの光」にトキメクように、これから先、そんな「意味のある」言葉を紡いでいきたいと思う。
KAWAGUCHI Yuko
「枕詞」
せんそうで
あのこのいのちが
なくなった
じぶんのきょうと
おなじひのこと
HIRAI Yuta(CRAB WORKS)
https://crabworks.jp
さばえなす あらぶるうきよ うつるたみ いくとせかわらぬ ひとをうれいし
和歌は全くスルーしてきたので「しろたえの」や「ひさかたの」くらいしか知らない枕詞ですが、お題をいただいたのでネット検索に頼りました。平安貴族の恋の歌はあまり食指が動きませんが、昨今の情勢にぴったりなものを見つけたわけです。コロナやウクライナ侵攻で生活様式や社会が大きく転換している今まさに「五月蠅なす(さばえなす)」状態。「五月蠅」とは旧暦五月頃に発生する蠅のことで、騒がしく煩わしいさまを表していて、疫病や邪気などを形容するらしいです。
五月蠅なす 荒ぶる浮世 感染る(移る)民 幾年変わらぬ 人を憂いし
2年振りに渡欧するので、人々が何を思ってどう暮らしているのか見聞きしようと思っているところです。日本よりも厳しいロックダウンをしていた欧州各国の現在は隔離やマスク着用義務などもどんどん緩くなっている。21世紀になって、原子力発電所が攻撃を受けるなどというニュースに直面するとは思っていなかったし、エネルギーや防衛政策は大転換するのだろうか。2ヶ月後に帰ってきた時に、日本は平和だなぁと思って喜べるのか、それとも大丈夫か日本人、もう少し外に目をむけた方が良いんじゃないかと思うのか、どうなのだろう。
素人短歌を掲載しました。ご勘弁を。
MIYAKITA Hiromi
https://miyakitahiromi.com
枕詞今昔
中学校の冬休みの宿題に、百人一首の暗記があった。繰り返し繰り返し、1番からつぶやく中で、現代語訳には反映されない5文字があることに気づく。決まった単語にかかって、その単語を強調したり連想させたりすることば。
その役割がいまいち理解できなくて、また、意味のない言葉というのがどうにも覚えにくくて、どうせお決まりの文言をちゃんとわかってますよという教養アピールなんでしょ、とちょっと恨みがましく思った。
でも、解説欄に載っている漢字を当てられたそれらや、その由来(たいてい諸説あったり、はっきりしないものが多いけれど)を読むと、なんとなく情景がイメージできるような気がして、また逆に、そのことばを見て、この後にはこういう単語が続くよねと連想できるようになってきたりすると、その歌が一気に奥深いものに変わる。
あしびきの…「足引きの」。山裾を長く引く様子を表すなど諸説あり。山・峰を含む語にかかる。
ちはやぶる…「千早振る」。たけだけしい、荒々しいという意味の動詞「千早ぶ」から。人知を超えた大きな力を持つ神のほか、宇治・氏にかかる。
ひさかたの…天・雨・月・空・光といった天空に関するものにかかる。「日射す方」という意味だとか、天を永遠で、変わらない確かなものだとする「久方・久堅」からきているとか、諸説あるよう。
ちなみに私は「久方」だと思い込んでいたけれど、天や月や光といったものを永遠のものとして讃える人々の心を感じられる気がして、こっちの説の方が好きだ。
現代では、「ビジネス枕詞」というものが不文律として存在する。
おかげさまで
恐れ入りますが
残念ながら
これも、この言葉をつけることに何の意味があるんだろう、ちゃんとビジネスマナーを心得てますよというアピールなんでしょ、と思っていた。
でも、きちんと板についていて、さらっと放たれるそれらは、言葉全体を柔らかく、洗練された印象にする。
職場の後輩のそれは、会話の中に嫌味なく溶け込んでいて、かつ心のこもったトーンで、聞いている相手を「丁寧に対応してもらっているな」という気持ちにさせる。私はいつも彼女の電話対応などを惚れ惚れと聞いている。
また、一言付け加えることで、その後に続くのがいい話なのか、悪い話なのか、心づもりができるし、言葉を尽くして感謝やら言い訳やらを語らなくても、簡潔に思いを伝えることができる。ちゃんといい仕事してる。
今も昔も、一見、お決まりで使っているだけに見えても、そこに込められた思いや意図を汲めれば、文脈を深いものにしてくれる。
と久しぶりに百人一首を思い出したところで余談ですが、私は百人一首を覚えるとき、なぜかここだとよく覚えられるからと下校途中の駅の待合室で暗記をしていたので、今、鼻の奥は暖房の効いた待合室の、ちょっとかび臭いような、こもったような、独特の匂いに満ちている。窓の外はせっかくの青空なのに、ひさかたの光のどけき春の日に似合わぬ匂いである。
MORI Atsumi
元・丹後在住。現在は京都市内でデスクワークの日々。
編集後記
ゴールデンウイークがはじまりました。今年はありがたいことに、制作したいことがありすぎて、ひきこもって向き合ってます笑 いいのか悪いのか、気分転換も必要だとわかっていますが、うまくできないのが私の課題(苦笑)
今、MOONの冊子をつくっています。これまではWebでの発信でしたが、8月で丸2年を迎えるこのタイミングで、冊子という形でもつくりたいと思いました。紙の手触りを感じ、ページをめくるワクワク感を味わう楽しさ。それに加えて、普段MOONに寄稿してくれている愛すべきライターのみなさまの言葉たちを、「装丁して形にしたい!」という、デザイナーとしての私の願望がありました。
MOONを読んでくださっているみなさまと、また新たなつながりが生まれますように。
内容はすべて新作です。
欲しい方、お渡しますのでご連絡ください ^ ^
(発行のタイミング・金額は後日アップいたします)
2022.5.1 KAWAGUCHI Yuko
※2023年2月1日追記
MOONの冊子は、「MOON特別編(MOON se1 / 色 / #xxxxxx)」として本サイト上で配信をする形になりました。
こちらからご覧ください。