MOON vol.12 / ととのえる / #F6E6EC

− ととのえる −

Contents

◆ ととのえる/KAWAGUCHI Yuko
◆ 「ととのえる」/HIRAI Yuta
◆ 怪我の功名/MIYAKITA Hiromi
◆ 「ととのえる」/MORI Atsumi


ととのえる


0.05㎜単位でレイアウト調整できるようになったのは、デザイナー3年目になってからだろうか。

それまでは、紙面に対する文字の大きさとかバランスとか、自信を持って「これ」と決められなかった。例えば、PCでデザインし、それを出力して確認してみた場合。モニタでは「いいバランス」と感じたが、実際印刷されたデザインは、文字が大きすぎる… 余白の取り方が中途半端….と、イメージが違ってみえた。
学生時代に読んだ私が好きだったアートディレクターの書籍に、「文字の大きさも、余白の取り方も、それらはすべて意味がある」とあった。最初はなかなか理解できなかったが、その真意がつかめるようになってからは、「このデザインはこうあるべき」と、自分の仕事に自信がもてるようになってきた。

デザインを「ととのえる力」を身につけるためには、「ものをよく見る力」と「アイデアを再現する力」が必要である。今回は、この2つの力を鍛えるため、私が行ってきたトレーニングを紹介したい。

一つ目は、デッサン。うまく描けるに越したことはないが、デッサンの本質はそこではない。ものをよく観察して、それを再現する努力ができること。「この表面はこんなに凹凸があるのか…」「こっちから光が当たるとここに影ができるのか…」。観察して分かることはたくさんある。

二つ目は、カーニング。カーニングとは、文字と文字の間の余白をととのえること。デザインソフトでただ文字を打つだけだと、文字間がバラバラで汚いので、それをととのえる必要がある。私は学生時代、出力したアルファベットを切り抜き、切り抜いた文字同士の間隔が均等に見えるように一列に配置する訓練をした。ピンセットで微調整しながら間隔を揃えるのだが、これが実に難しい。でも、とても楽しかった。

三つ目は、真ん中(センター)を養う力。画面の中心に要素を配置するとき、数値上ではセンター配置になっていても、実際にはセンターに見えないことがある。その場合、左右上下に動かしながらバランスをととのえ、センターに見える位置を探っていく。かつて先輩に、(デザインソフトには、ワンクリックで画面の真ん中に要素を配置できる機能があるのだが)、「それを使うとデザイナーとしての感覚が育たないので、自分の目で、センターにおけるようになりなさい」と言われたことがある。信じられる「目」をつくる、これはとても大切だ。

これからも、「ととのえる」力をどんどん研ぎ澄ませていきたい。何事も、貪欲でなくては。


KAWAGUCHI Yuko


「ととのえる」


昨日と何も変わらない今日がまた始まる。
目が覚めた瞬間に、
最悪な気分になることが多かった。

自分は何者なのか、何者になりたいのか。
高校を卒業して始まったひとりの暮らしの中で、
慣れないまま、受け入れないまま、
毎日苛立っていたように思う。

住んでいたアパートが淀川沿いだったので、
朝、バイトまでの時間に河川敷を走ってみた。
MDウォークマンで好きな音楽を聴きながら、
30分ほど走ると、とても気分が軽くなった。
また明日も走ろうと思った。

それは自然と習慣になっていった。
起き抜けの沈んだ気分を飛ばすために、ただ走った。


仕事が忙しく、なかなか走れない時期もあったし、
変動する生活に合わせて、色んな時間帯を走ってきた。
気候や天候、体調や都合によって、
走れない時ももちろんあるけど、
止めることなく今でもこの習慣は続いている。

こんなにも続いてきたのは、
走るという行為が、時間が、
とても気持ちのいいものだったからだろう。
走った後に待っているものを知っているから、
しんどいと思うときほど走るようにしている。

走ることで血が巡る。
水が美味い。飯が美味い。酒が美味い。
集中して音楽を聴ける時間でもある。
落語やラジオ番組もそう。
今では、スマホのアプリでオーディオブックも聴ける。
走る時間は、入力も兼ねている。

身体を動かし、気持ちを静め、調律する。
ちゃんと、ひとりと、ふたりになる時間。
煩悩の表情を確認する。
あんたも歳とったな。
まだもう少し、いっしょに走ろうか。


HIRAI Yuta(CRAB WORKS)
https://crabworks.jp


怪我の功名


数日前のこと。足場のよくないところで変なものを踏みつけて「%×$▲!※っぎゃ☆♭#おーん」と叫んだ瞬間立てなくなった。それは人生で初めての肉ばなれだった。サッカーの試合で選手が突然倒れ込みタンカで運ばれてゆく映像を見ることがありますが、わたしの場合は台車で運ばれていったのでした。

急性期の48時間は部屋から一歩も出ないで過ごしたけれど、アーティスト・イン・レジデンスしているホテルの職員や配偶者に助けられ、不思議と全然不安になりませんでした。自分にできることは何もないから天命を待つしかないと腹を括ると精神はととのうようです。

潮騒
切れ切れの梅雨雲の合間に見える夕焼け
熱海の夜景
食堂から届くお見舞いの気持ちがたっぷり入ったお弁当
みんなからの気遣い
静かな思索の時間

さまざまな光景が混じり合う2日間を過ごした翌日、フロントの女性にお願いして借りたキャスター付の事務椅子に座り、押してもらって部屋を飛び出した。立派な絨毯の上を事務椅子で移動するさまはコントだ。いつも気にかけてくれる温泉の清掃職員の女性が心配して貴重な魔法の水(?)を与えてくれた。人生は長い演劇だといつも思うけれど、これは喜劇だ。

4日目には歩けるようになり、職員が行き交う回廊で作品設営を始めると「大丈夫ですか」「ダンスは踊れますか」と声をかけられる。このエッセイが公開された後に、パフォーマンス本番を迎えるのですが、どうなっているか当の私にも分かりません。私に言えるのは、私のダンスはあるがままの私とそこに集ったお客様の状態ががただ反映される時間と空間だということ。私の心身はホテルニューアカオのホスピタリティにととのえてもらったのですから、きっと素晴らしく終演していることでしょう。

PROJECT ATAMI – AKAO OPEN RESIDENCE #2
https://projectatami.com/update/138/

ちょうど通りかかった男性が撮影してくれたワンショット
鈴木昭男「点 音」in ニューアカオ(熱海)とともに。(にくばなれ前)
展示設営中に出会った窓の向こうコカマキリ
みんな自分の足でしっかり立って生きている

MIYAKITA Hiromi
https://miyakitahiromi.com


「ととのえる」


日々の生活を振り返ると、社会人である私は、ありとあらゆるものをととのえながら生きている。

朝起きたら顔を洗って、化粧水やなんかで肌を整えて。
社会人として最低限の化粧をして、清潔感のある服を着て、髪をまとめて、身だしなみを整えて家を出る。
駅の手前で電車が来るのに気付いてダッシュしたら、滑り込んだ車内で周りの目を気にしながら、なるべく静かに、上がった息を整える。
仕事では、書式を整えながら書類を作って、必要な資料を調えて。
勤務時間が終わったら、机の上を整えて、本日の業務は終了。
体調を整えるために、バランスのよい食事に気をつけて、なるべく体を動かすようにして。
部屋もきちんと整理整頓して。
そしてまた、次の日のために準備を整える。

ひとたびテレビやネットにアクセスすれば、これを食べると健康にいいだとか、逆にこれは食べてはいけないだとか、よく効く美容法や、きれいに整えられた部屋でのおしゃれな暮らしと、色んな人が、たくさんのととのえる方法を教えてくれる。

確かに、体調がいいと気分がいいし、肌の調子がいいとそれだけで気分が上がる。髪型や服装を整えておしゃれをするのも楽しいし、部屋が片付いていると気持ちがいい。

だけど、何かをととのえようとするときには、人にこう見られたいだとか、これくらいはしておかなきゃいけないんじゃないかとかいう思いが多分にあって、世の中の正解のない「こうあるべき」に翻弄されて、もう好きにさせてくれ、と言いたくなる。

そんな気持ちになったときには、好きなものを好きなだけ食べて飲んで、髪型も服装も気にしないで、気の抜けた格好のまま、好きなだけ夜更かしして、部屋が散らかってようがとにかく自分の好きなことをする。
そうして過ごすうちに、散らかった部屋が気になってきて、少しだけましな格好に着替えて、掃除を始めたりする。

この“復活の儀式”を繰り返しながら、日々きちんと整えられた自分をなんとか維持している。

だけど、だんだんと、この儀式に要する時間が短くなっている気がする。
それは、それだけ自分が世間の「こうあるべき」に染まってきているということなのか、それとも、世間がどうであろうとぶれない、自分なりの軸に従って生きられるようになってきたということなのか。

願わくば、後者でありたい。


MORI Atsumi
元・丹後在住。現在は京都市内でデスクワークの日々。


編集後記


MOONも今回で12号目、丸一年を迎えた。
本当に感慨深い。毎月原稿を書いてくれているライターたちには、感謝しかない。

原稿は、ラブレターだ。ライターの愛がたっぷり詰まっている。
そして、その愛を一番感じているのは、私自身だと思う。MOONのテーマに沿って与えてくれる、愛情たっぷりのラブレター。

本当にありがとうございます。
そしてこれからも、どうぞどうぞよろしくお願いいたします。

2021.7.1 KAWAGUCHI Yuko

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